教授コラム

2016年04月12日

リンチ症候群(Lynch syndrome)と内膜癌

リンチ症候群(Lynch syndrome)と内膜癌

  内膜癌全体の約2%がミスマッチ修復遺伝子の胚細胞系列変異を原因とするリンチ症候群に関連していることがわかっています。リンチ症候群は非ポリポーシス大腸癌(non-polyposis colorectal cancer:HNPCC)として知られていますが、内膜癌が発見の契機となる“sentinel cancer”であることが少なくありません。
 組織学的にはリンチ症候群関連の内膜癌は腫瘍周囲、腫瘍内で高度のリンパ球浸潤がみられ、未分化癌成分、粘液様背景、ラブドイド細胞がみられるなど、多彩な形態を示すなどの特徴が知られていますが、リンチ症候群であってもこれらの形態を示さない例や、臨床的診断基準であるアムステルダム基準を満たさない例があることから、米国では婦人科癌学会 Soceity of Gynecologic Oncology(SGO)が内膜癌の患者全てを対象として免疫組織化学染色(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2)、あるいはマイクロサテライト不安定性検査を行うことを推奨しています(universal screening)。本邦でもこうした流れを受けてスクリーニングが行われるようになるのでしょうか。推移を見守りたいと思います。

図 MSH6 遺伝子蛋白に対する免疫組織化学染色.類内膜癌を構成する高円柱状の腫瘍細胞の核が陰性となっている.非腫瘍性のリンパ球は陽性である.

2015年12月22日

【子宮内膜上皮内腫瘍 - Endometrial intraepithelial neoplasia(EIN)】

【子宮内膜上皮内腫瘍 - Endometrial intraepithelial neoplasia(EIN)】

EIN は2000年に米国ボストンの Brigham and Women's Hospital の病理医である George L Mutter が、形態学的および分子生物学的な解析の結果に基づいて子宮体部類内膜腺癌の前駆病変を認識するために提唱した概念です。従来は子宮内膜異型増殖症 atypical endometrial hypeplasia が類内膜腺癌の先駆病変であるとされてきましたが、異型の定義と診断の再現性が長年問題とされてきました。というのも、ここでいう異型とは細胞異型 cytologic atypia をさしていますが、異型の有無のみでは非浸潤性の腫瘍性腺増殖性病変をとらえることができないと考えられるようになったのです。

内膜腺がある範囲で、すなわち領域性をもって密集し、腺細胞の核の腫大と円形化、空胞化、核小体の明瞭化、核の重積が認められた場合に子宮内膜異型増殖症と診断しますが、内膜腺細胞の核はホルモン環境や化生、炎症などの影響を受けて大きく変化するため、絶対的な異型の程度というものは必ずしも頼りになりません。すなわち、類内膜腺癌であっても、異型増殖症であっても細胞異型が軽微であることが少なくありません。そのため、子宮内膜異型増殖症の診断者間再現性が高くないことが以前から指摘されてきました。これに対して、EIN の診断基準では、絶対的な細胞異型の有無、程度ではなく、背景にある非腫瘍性のものと判断される内膜腺細胞との形態的なコントラストを重視しています。それにより、細胞異型が軽度のクローナルな内膜腺の増殖性病変を高い再現性をもって正確に私たちは認識できるようになりました。そして、2014年に改訂・出版された世界保健機関(WHO)の婦人科腫瘍組織分類(第4版)では EIN の用語が正式に採用され、子宮内膜異型増殖症と併記されるに至りました。ただし、この新分類では EIN は『Endometrial intraepithelial neoplasia』ではなく、『Endometrioid intraepithelial neoplasia』、つまり『内膜』ではなく『類内膜』と標記されています。これにより、EIN の名称が EIC、すなわち漿液性腺癌の前駆病変である子宮内膜上皮内癌 Endometrioid intraepithelial carcinoma と混同されることがないようになりました。

さて、この EIN の概念は病理医や婦人科医の間で多少なりとも混乱を引き起こす結果となりました。その大きな理由は EIN と併記される子宮内膜異型増殖症が、従来定義されていた『異型』を示さない病変までを含むようになったからです。この続きはまた後ほど説明したいと思います。 

2015年12月21日

【人を育てる-“I am a teacher”という言葉に魅せられて】
真鍋俊明 滋賀県立成人病センター総長・京都大学名誉教授 

【人を育てる-“I am a teacher”という言葉に魅せられて】
真鍋俊明 滋賀県立成人病センター総長・京都大学名誉教授 

師匠より謹呈された講演録。その中には時代をこえて、病理医に限らず医師が共有すべき思想が書かれています。

 
病理診断学をこれから学ぶ、あるいは既に病理専門医となっている医師も知っておくべきこと。
 
1.定義、概念(definition)と同定法(identification):
診断に対する基準(criteria)を理解する
   共通因子(common denominator)
   特異性(specificity)
   感度(sensitivity)
2.病変に生涯と多彩性(chronology)と多彩性(variability)があることを理解する
3.常に鑑別診断を考える
4.診断への鍵(diagnostic clue)を知る
5.臨床・病理相関をつける習慣と知識を知る
6.技術、能力の限界を知る
7.診断に際して『疑わしきは罰せず』の消極的姿勢とあわせて『疑わしきは明らかになるまで検索する』の積極的姿勢をとる(100%の病理学)
8.組織診断と疾患の診断は違うことがある

2015年12月11日

【外科病理学の歴史シリーズ Vol 2.】

【外科病理学の歴史シリーズ Vol 2.】

アルドレッド・スコット・ワルチン Aldred Scott Warthin (1866 − 1931)


その名の通り、ワルチン腫瘍に関する臨床病理学的研究によりその業績が伝えられていますが、実はリンチ症候群に関する最初の記載は彼によるものです。肖像写真からは服装へのこだわりが感じられますが、いつも出入りしていた仕立屋の針子さんと雑談をしていて、『私の親戚は多くが子宮がん*で亡くなっているんです』という話から閃き、地元の病院に残されている彼女の親類全ての診療記録を調べ始めて癌家系の存在を明らかにしました。『癌遺伝学の父(The father of cancer genetics)』といわれている所以です。後に米国ミシガン大学病理学教授に就任。同じく米国クレイトン大学教授であるヘンリー・リンチが、ワルチンによって最初に記載された家系(Family G)の追跡調査を行った結果を1971年に発表したことを契機にこの疾患が広く知られるようになったため、リンチ症候群の名称が定着しました。現在はその原因が MLH1、MSH2、MSH6、PMS などのミスマッチ修復遺伝子の胚細胞系列変異(germline mutation)によって生じることがわかっており、右半結腸において好発する広基性(無茎性)鋸歯状腺腫 Sessile Serrated Adenoma(SSA)を母地として特徴的な形態を示す大腸癌が発生することが知られています。遺伝性非ポリポーシス大腸癌 Hereditary Nonpolyposis Colorectal Cancer(HNPCC)はリンチ症候群の同義語としてしばしば用いられますが、最初に発生する癌(sentinel cancer)が必ずしも大腸癌ではなく、内膜癌であることが少なくないため、最近はリンチ症候群の名称が好んで用いられる傾向があります。

リンチの名前が歴史に残ったかたちですが、私と同じ病理医として、些細な契機から地道な調査活動を開始し、本疾患の存在を初めて明らかにしたワルチンの業績を讃えたいと思います。

* 子宮体癌(内膜癌)であると考えられます。

2015年10月20日

"As is our pathology, So is our practice"

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0344033813000307
 

"As is our pathology, So is our practice"

有名な内科医である Sir William Osler の言葉で、病理学の重要性を説く際によく引用されてきました。しかし、この言葉の文脈は殆ど知られておらず、様々な意味に解釈することができます。その疑問に応える論文が Pathology Research and Practice に掲載されています。

Pathology Research and Practice
Volume 209, Issue 4, April 2013, Pages 264–265
http://www.sciencedirect.com/…/article/pii/S0344033813000307


この言葉を世に広めたのは "Surgical Pathology" という8版まで版を重ねた病理診断学の教科書を書いたことで知られる William Boyd ですが、Osler のこの言葉には続きがありました。

オリジナルの文章は

"As is our pathology, so is our practice; the pathologist thinks today, the physician does tomorrow."

となっています。

これは Osler の内科的治療に関する講演録(Br Med J 1909;185-189)に記されていたもので、前後の文章とあわせて直訳すると『合理的な治療の決定は全て疾患の原因に関する概念的枠組みによって決定される』となります。やや難しいこの文章の一部を Boyd は削除して教科書に引用し、実地臨床における病理学の重要性を強調する言葉としました。これを今日的に解釈すると以下のようになることでしょう。
 

『高度の治療は質の高い臨床検査(病理診断)に基づく病態把握が不可欠である』

2015年10月15日

【外科病理学の歴史シリーズ Vol 1.】

【外科病理学の歴史シリーズ Vol 1.】

ピエール・ポール・ブローカ Pierre Paul Broca (1824 − 1880)
ブローカはフランスの内科医・外科医でしたが、解剖学者・人類学者としても知られています。その業績はブローカ中枢(運動性言語中枢)の名称にみることができます。彼は 1866 年に若年発生と家系内の乳癌罹患者の集積を特徴とする遺伝性乳癌を初めて記載したことでも知られています。 現在は家族歴が乳癌発生のリスク要因であることが広く知られており、単一遺伝子の特異的変異によって乳癌のリスクが上昇することが明らかとなっています。その程度は遺伝子の浸透度(penetrance)、すなわち遺伝子の形質が実際に発現に至る割合によって異なります。最も危険度が高い群に属する遺伝性乳癌としては BRCA 遺伝子の胚細胞系列変異による発生する遺伝性乳癌卵巣癌 Hereditary Breast and Ovarian Cancer (BOC)の他、Li-Fraumeni 症候群(TP53遺伝子)、Peutz-Jeghers 症候群(STK11/LKB1遺伝子)、Cowden 症候群(PTEN遺伝子)があります。

2015年06月01日

HAARLEM CONSENSUS RECOMMENDATION

HAARLEM CONSENSUS RECOMMENDATION

 2016年春に向けて脳腫瘍のWHO分類の改訂作業が進んでいます。脳腫瘍の領域では分子診断が重視されるようになり、それに伴って病理診断のあり方が大きく変わっていくものと予想されます。その具体的なかたちが国際神経病理学会 International Society of Neuropathology(ISN)が主導して作成された Haarlem Consensus Recommendation に示されています。
 このガイドラインでは、病理診断は階層化(layered)され、最終的には遺伝子検索の結果を含む全ての情報を統合した診断(Integrated Diagnosis)が最終診断となります。Oligoastrocytoma は HE 診断名としてはなくなる見込みで、代わりに『Diffuse glioma, NOS』と記載されることになり、1p/19q co-deletion の有無などに関する情報がある場合には Integrated Diagnosis は『Oligodendroglioma, 1p/19q co-deleted, ATRX intact』ないし『Diffuse astrocytoma, 1p/19q non-deleted, ATRX loss of expression』のいずれかになります。
 具体的には以下の様なフォーマットで我々病理医は診断することになっていきます。
 
【報告書サンプル】
INTEGRATED DIAGNOSIS      OLIGODENDROGLIOMA
                 WHO GRADE II
                 MITOTIC COUNT (PHH3)
:3/10HPF
                 KI-67:2.3%
                 IDH STATUS (IHC): POSITIVE
                 p53 STATUS (IHC): NEGATIVE
                 ATRX STATUS (IHC): POSITIVE (INTACT)
                 1p/19q CO-DELETION (FISH): POSITIVE


参考文献
Louis DN et al. International society of neuropathology-Haarlem consensus guideline for nervous system tumor classification and grading. Brain Pathology 2014; 24: 429-435
http://onlinelibrary.wiley.com/…/abstract;jsessionid=7E4B1F…
 
 
 

2015年04月30日

北米病理学会(United State and Canadian Academy of Pathology)
国際乳腺病理学会(International Society of Breast Pathology Companion Meeting)コンパニオン・ミーティング
(2015年3月21日~27日、ボストン)

北米病理学会(United State and Canadian Academy of Pathology)
国際乳腺病理学会(International Society of Breast Pathology Companion Meeting)コンパニオン・ミーティング
(2015年3月21日~27日、ボストン)

 乳腺部分切除組織の断端評価と取り扱い(追加切除の推奨など)に関して、病理医、乳腺外科医、放射線科医が SSO-ASTRO(Society of Surgical Oncology–American Society for Radiation Oncology)のコンセンサスを踏まえて議論しました。
 腫瘍細胞がインクの塗布された断端に露出していない限り切除断端は『断端陰性』であると解釈するのが一般的ですが(断端と腫瘍の距離が1 mm、2 mm、5 mm以上離れていることを陰性と判断する基準とした場合、局所再発リスクが異なるというエビデンスがないことがその根拠となっています)、腫瘍と断端との距離が 1 mm 未満で、(1)トリプルネガティブ乳癌である場合、(2)浸潤性小葉癌である場合、(3)患者が若年である場合、(4)広範にDCISが存在している場合、(5)画像上の腫瘍の広がりと組織像が乖離している場合、などは追加切除を考慮してよい、というのが結論でした。病理医は追加切除の推奨について報告書に記す必要は必ずしもありませんが、それを判断するための情報を十分に盛り込むことが重要です。
 
参考文献
http://www.archivesofpathology.org/…/10.5…/arpa.2014-0384-ED

 

































 

▲ PAGE TOP