教授コラム

2016年11月20日

コイロサイトーシス Koilocytosis を再考する - なぜ primary HPV testing なのか

コイロサイトーシス Koilocytosis を再考する - なぜ primary HPV testing なのか

 さる11月18日(金)、19日(土)の2日間にわたって大分県別府市で開催された第55回日本臨床細胞学会秋期大会(別府国際コンベンションセンター)において、「Koilocytosis を再考する」というタイトルのシンポジウムのモデレーター、座長を佐賀大学産婦人科の横山正俊教授と共につとめさせていただきました。

 koilocytosis という現象は重層扁平上皮を構成する中層および表層細胞の核周囲の空胞、核腫大、核形不整などによって特徴づけられれる細胞変化で、ヒトパピローマウイルス(HPV)が感染し、核の中でウイルス粒子の複製が生じるために引き起こされる細胞傷害効果を反映する現象です。すなわち、koilocytosis は HPV の一過性感染を示唆するバイオマーカーであるととらえることができます。興味深いことに、HPV DNA を構成する E4 という領域がコードする蛋白がウイルス粒子を放出するために 細胞質のケラチンネットワークを破壊した結果、空胞が形成されることが明らかとなっています。

 このシンポジウムではウイルス学の視点から、この領域に造詣の深い金沢医科大学産婦人科の笹川寿之教授、米国の病理専門医・細胞診専門医資格を有する熊本赤十字病院病理診断科の長峯理子先生に koilocytosis の歴史と定義、臨床的意義についてお話しいただいた後、病理組織像と鑑別診断について滋賀医科大学医学部附属病院病理部の森谷鈴子准教授に解説をいただき、最後に子宮頸がん検診の将来展望について自治医科大学附属さいたま医療センター産婦人科の今野良教授にお話をいただきました。

   子宮頸がん検診は細胞診を用いて行われており、LSIL(軽度上皮内病変)、HSIL(高度上皮内病変)、AIS(上皮内腺癌)、浸潤癌と判定された場合にはコルポスコピーと生検、すなわち精密検査が行われます。LSIL は一過性の HPV 感染であり、その判定基準(クライテリア)において koilocytosis の存在が重視な位置を占めています。LSIL 自体は殆どが自然に消退してしまうため、治療の対象ではありませんが、HPV 感染が持続している場合には潜在的に HSIL あるいは浸潤癌などの治療を必要とする高度病変が 20~30% の頻度で併存していることがあるため、精密検査の対象となります。HSIL が疑われるものの断定が困難である場合には ASC-H(HSIL が否定できない異型細胞)と判定されますが、約 60~70% の例で高度病変がみつかるため、LSIL と同様に精密検査が行われます。

   ここで問題となるのが、LSIL が疑われるけれども断定が難しい場合、すなわち ASC-US(意義不明な異型扁平細胞)と判定された場合の取り扱いです。現在のガイドラインでは、HPV DNA テストによるトリアージ(ふるい分け)が行われ、陽性の場合にのみ精密検査が行われます。その理由として、ASC-US 判定例における高度病変の検出率は 10~15% に過ぎないため、ASC-US と判定された女性全てを対象にコルポスコピー、生検を行いますと、結果的に多くの女性、すなわち 85~90% の女性が不必要な精密検査を受けることになることが挙げられます。また、産婦人科の先生がパンクしてしまうことも無視できません。ちなみに、ASC-US と判定された女性の約 50% が HPV 陽性、約 50% が HPV 陰性となることが米国の大規模な調査(ASC-US トリアージ・スタディー、ALTS)の結果明らかとなっています。子宮頸癌は殆どが HPV によって発生しますので、理論上は HPV 陰性の女性はそのリスクを無視してよいと考えることができます。従って、HPV DNA テストによって精密検査が必要な女性の数を半分に減らすことができます。

 ここで、もう一つの問題があります。細胞診の普及により、子宮頸癌は約半世紀の間に劇的に減少しましたが、依然として細胞診には限界があり、一定の割合で過小評価、すなわち病変が存在するにもかかわらず細胞診判定が「陰性」となることがあります。そのため、細胞診で一次スクリーニングを行い、HPV DNA テストで ASC-US 判定例のトリアージを行うという検診の方法を改め、HPV DNA テストにより一次スクリーニングを行うという戦略が欧米を中心に提案されるようになりました。シンポジウムでは HPV の感染によって生じる細胞傷害効果、癌化のメカニズムを非常にかりやすく解説をいただき、さら HPV 感染を示唆する所見である koilocytosis の判定基準について詳細にお話いただくとともに、 HPV 感染をとらえるという意味において細胞診には限界がある、ということを数々の文献、データを元にお示しいただきました。HPV が感染している女性であっても koilocytosis が認められる頻度は 30~50% に過ぎず、中にはまったく異常が認められない女性も存在します。細胞診の本質は高い特異度、陽性予測値であり、高度病変の検出には威力を発揮しますが、LSIL を検出するためには感度という点で必ずしも理想的な検査法ではありません。こうしたことから、感度に優れた検査法である HPV DNA テストを一次スクリーニングに用いるという考え方(primary HPV tegsting)が生まれたわけです。

 では、細胞診は役割を終えたのでしょうか。そうではありません。HPV DNA テストが陽性(対象者の7%程度と見積もられています)の女性に対して細胞診を行い、高度病変の有無を判定することになるのです。つまり、細胞診がより高次のツールに「格上げ」され、トリアージに活用されるということです。これにより、細胞検査士の労力と時間を有効に活用し、標本作製などにかかるコストを含む検診費用を抑制できることが期待できます。今野教授には HPV DNA テストのコストと細胞診による検診のコストを比較いただき、primary HPV testing がより費用対効果の高い方法であることをお話いただきました。HPV DNA テストは自己採取による検体で行うことも可能であるため、諸外国と比較して低い本邦の検診受診率を上昇させる契機となることも期待されます。細胞診は子宮頸がん検診において新しい役割を付与されることになるといえるでしょう。

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