乳がんの病理組織分類に関する議論

2016年04月24日

乳がんの病理組織分類に関する議論

乳がんの病理組織分類に関する議論

 浸潤性乳癌の約 80% 程度を占める非特殊型(invasive carcinoma of no special type, WHO2012)は、本邦では(1)乳頭腺管癌、(2)充実腺管癌、(3)硬癌、の3型に細分類されています。それぞれ、乳管内圧排性進展、乳管外圧排性進展、乳管外浸潤性進展、を特徴としており、高分化型、中分化型、低分化型、として位置づけられ、予後と相関することが知られています。この分類は 1971 年に乳癌研究会が発表した「乳癌の組織学的分類」として提唱され、現在に至るまで乳癌取扱い規約分類として広く使用されていますが、この分類の有効性を系統的に検証した英語論文は存在せず、国際的に全く認知されていないという問題があります。そのため、2015 年に名古屋で開催された第104回日本病理学会総会(4月30日-5月2日)において、「わが国の乳癌組織分類はどうあるべきか」と題して乳癌取扱い規約の浸潤性乳管癌3型を議論するためのシンポジウムが開催されました。

 このシンポジウムでは癌研究会有明病院の堀井理絵先生が前述した乳癌取扱い規約分類と予後や画像との相関について解説をされました。その後、シンポジウムの出席者から様々な質問、コメントがなされ、活発な議論が交わされました。私もこのシンポジウムでコメントをさせていただきましたので、その概要を以下に記します。

『(がん研究会有明病院の堀井先生は)乳管腺管癌、充実腺管癌、硬癌の組織亜型分類が予後と相関するというデータを出されていますが、この分類自体が浸潤様式、分化度(管腔形成の程度)を内包していますので、ある程度予後と相関することは当然です。しかし、この分類の意義を明らかにするためには(管腔形成の程度、核異型度、核分裂活性をスコア化して総合的に腫瘍の悪性度を評価する)ノッチンガム・グレード(modified Scarff-Bloom-Richardson 分類)を加えて多変量解析を行うなどして、これを上回る予後に対するインパクトがあることを示す必要があるのではないでしょうか。画像所見との相関を強調されていますが、広範な乳管内進展を伴い、浸潤部が管腔形成を伴わない乳管癌と、浸潤癌がすべての領域で管腔形成、乳頭状発育を示す入管癌がともに乳頭腺管癌に分類されるのは合理的ではないと思います。』

 現在日本で使用されている乳癌取扱い規約分類の問題点を以下に記します。これらの理由により、私は本分類を廃止し、事実上の国際標準である世界保健機関(WHO)分類(2012年)に準拠した分類に改めるべきであるとの立場をとっています。

(1) 乳癌取扱い規約による非特殊型浸潤性乳管癌に含まれる3つタイプ(乳頭腺管癌、充実腺管癌、硬癌)は純粋な意味での組織亜型ではなく、分化度(管腔形成)、浸潤・進展様式によって規定されているに過ぎない。
(2) 一つ亜型の中に浸潤・進展様式が全く異なる腫瘍が含まれている(特に乳管腺管型)
(3) 一つの組織型の中に表現型、生物学的特性(ER、PgR、HER2 の発現状態、Ki-67 標識率)の異なる腫瘍が含まれている。実際の治療は表現型、生物学的特性の方が重要である(単一の組織型は臨床病理学的、生物学的に単一の腫瘍で構成されていることが望ましい)。
(4) 国際的に認知されておらず、通用しない。
(5) ノッチンガム・グレード(mSBR グレード)で代用可能であると考えられる。

 なお、実際の病理診断報告においては、主診断である「浸潤性乳管癌 Invasive ductal carcinoma」に加えて、① mSBR Grade、②進行期(pTNM)、③ 非浸潤性乳管癌(DCIS)の有無および範囲、などを記載しますので、非特殊型浸潤性乳癌の亜分類を行わないことのデメリットはないと考えられます。治療選択についても亜分類ではなく、ER、PgR、HER2 の発現状態、Ki-67 標識率が重視されているのが現状です。

参考文献
1. 小山徹也.特集「乳腺腫瘍の組織分類はどうあるべきか?」の総括.診断病理、pp128-130、33巻2号、2016
2. The Japanese Breast Cancer Society. General rules for clinical and pathological recording of breast cancer. 2nd ed. Kanehara: Tokyo: The Japanese Breast Cancer Society; 1971 (邦文).
3. Sakamoto G. Gan no Rinsho. Suppl: 105-113, 1985 (邦文)

 

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